明治 8年(1875) | 古川正雄,津田仙,中村正直,岸田吟香,ボルシャルト,フォールズの6名が楽善会を組織し,盲者の教育を計画。(5月22日) |
明治 9年(1876) | 山尾庸三が楽善会に入会。東京府より訓盲所設立が認められる。(3月) 明治天皇が訓盲院に金3,000円を下賜された。(12月) |
明治12年(1879) | 東京築地3丁目に楽善会訓盲院の建物が完成。(12月) |
明治13年(1880) | 訓盲院の事務を開始。(1月) 盲生2名が2月に,聾生2名が入学。(6月) |
明治17年(1884) | 訓盲唖院と改称。(5月) |
明治18年(1885) | 文部省直轄学校となる。(11月) |
明治20年(1887) | 東京盲唖学校と改称。(10月) |
明治22年(1889) | 東京小石川指ケ谷町の旧薬草試植園敷地跡が本校敷地と定められる。(12月) |
明治23年(1890) | 指ケ谷町に寄宿舎新築。(7月) |
明治24年(1891) | 小石川区指ヶ谷町(内務省所属薬草試植園跡)に校舎完成,移転する。(6月) 唖生同窓会が設立される。(7月) 皇后陛下が新築校舎落成開校式にお越しになる。(11月) |
明治29年(1896) | 創立20年記念式を行う。(4月) |
明治31年(1897) | アレキサンダー・グラハム・ベル博士が講演される。(11月) |
明治34年(1901) | 創立25年記念式を行う。 |
明治36年(1903) | 教員練習科規則を制定し(3月), 盲学校,聾学校の教員養成が始まる。(4月) |
明治40年(1907) | 第1回日本盲啞学校教員会を開催する。(5月) |
明治41年(1908) | 皇后陛下が視察される。(7月) |
明治42年(1909) | 東京盲学校を設置。(4月) |
明治43年(1910) | 東京聾啞学校と改称。(4月) 教員練習科を師範科と改める。(11月) |
明治44年(1911) | ド・レペイ誕生200年記念会を開催する。(7月) |
大正 4年(1915) | 第5回全国盲啞教育大会を開催する。(7月) |
大正 6年(1917) | 皇后陛下が視察される。(10月) |
大正10年(1921) | 第8回全国盲啞教育大会を開催する。(7月) |
大正13年(1924) | 東京聾啞学校規程を改め,尋常科を初等部(6か年)とし,高等科を廃止して中等部(5か年)をおき,師範科を師範部と改める。(5月) |
大正14年(1925) | 創立50年記念式典を行う。(7月) |
大正15年(1926) | 難聴学級新設。(10月) |
昭和 3年(1928) | 予科(4~6歳)をおく。(4月) |
昭和 5年(1930) | 皇后陛下が視察される。(7月) |
昭和 6年(1931) | 中等部に中途失官者(8~9歳)の特別学級を置く。(9月) |
昭和10年(1935) | 創立60周年記念式を行う。(11月) |
昭和11年(1936) | 皇太后陛下が視察される。(10月) |
昭和12年(1937) | ヘレン・ケラー女史が講演される。(4月) |
昭和19年(1944) | 埼玉県に疎開。(9月) 予科と初等部第2学年までは 埼玉県北飾郡高野村 永福寺 初等部第3学年から第6学年までは 同 上 百間村 西光院,宝生院 |
昭和20年(1945) | 戦災により指ケ谷町の校舎全焼。(5月) |
昭和21年(1946) | 千葉県市川市国府台の旧東部第85部隊跡に移転を決定。(2月) |
昭和22年(1947) | 国府台の校舎で開校式を行う。(2月) |
昭和23年(1948) | PTAが組織される。(5月) |
昭和24年(1949) | 国立学校設置法の制定により国立ろう教育学校,同附属ろう学校となる。(5月) 幼稚部(2年),小学部(6年),中学部(3年),高等部(3年) |
昭和25年(1950) | 国立学校設置法の改正により,東京教育大学国立ろう教育学校,同附属ろう学校となる。(4月) 創立75周年記念式を行う。(10月) |
昭和26年(1951) | 国立学校設置法の改正により東京教育大学教育学部特設教員養成部,東京教育大学教育学部附属ろう学校となり,東京教育大学国府台分校と総称。(4月) |
昭和32年(1957) | 全国ろう教育研究大会を主催する。(11月) |
昭和33年(1958) | 国立学校設置法施行規則の改正により東京教育大学教育学部附属聾学校となる。(4月) |
昭和34年(1959) | 幼稚部に3歳児学級を設置。(4月) |
昭和39年(1964) | 国立学校設置法施行規則の改正により東京教育大学教育学部国府台分校となる。(4月) |
昭和40年(1965) | 小学部に重複障害学級(低学年)をおく。(4月) |
昭和41年(1966) | 幼稚部に難聴学級をおく。(4月) 小学部に重複障害学級(高学年)をおく。(4月) |
昭和42年(1967) | 中学部に重複障害学級をおく。(4月) 創立90周年記念式が行う。(11月) |
昭和44年(1969) | 特設教員養成部は廃止され,リハビリテーション教育研究施設(聴覚部門)がおかれる。(4月) |
昭和46年(1971) | 高等部専攻科に歯科技工科(3か年)を設置。(4月) 高等部専攻科歯科技工科は,歯科技工士養成所として指定される。(4月) |
昭和48年(1973) | 国立大学の附属学校に関する政令,国立学校設置法施行規則の一部が改正され,東京教育大学附属聾学校となる。(4月) |
昭和50年(1975) | 聾教育資料館完成。(3月) 創立百周年記念式典を行う。(11月) 校歌が制定される。(11月) |
昭和52年(1977) | 第11回全日本聾教育研究大会を主管する。 |
昭和53年(1978) | 国立大学の附属学校に関する政令,国立学校設置法施行規則の一部が改正され,筑波大学附属聾学校となる。(4月) |
昭和56年(1981) | 幼稚部に乳幼児教育のためのデモンストレーションホーム完成(5月)。 |
昭和60年(1985) | 創立110周年記念式典を行う。(6月) |
昭和61年(1986) | 第20回全日本聾教育研究大会を主管し,開催した。(11月) |
平成 5年(1993) | 幼稚部北校舎が改築された。(11月) |
平成 6年(1994) | 附属聾学校の改組が行われた。(4月) 小学部・中学部の重複学級の廃止。高等部専攻科歯科技工科の学級を2学級から1学級に縮小。高等部専攻科被服科,美術科,デザイン科,印刷科を造形芸術科およびビジネス情報科に改組し複式学級を解消する。 |
平成12年(2000) | 寄宿舎改修工事終了。(5月) 創立125周年記念式典を行う。(10月) |
平成13年(2001) | 乳幼児教育相談棟,幼稚部東棟,小学部棟,中学部棟,高等部棟の一部(保健室,ビジネス情報科)の改修工事が終了(4月)。 |
平成15年(2003) | フランス国立パリ聾学校と姉妹校協定を結ぶ。(9月) |
平成16年(2004) | 高等部棟,体育館及び歯科技工科棟の改修工事が終了。(3月) 国立大学法人法の施行により,筑波大学が国立大学法人筑波大学となる。(4月) |
平成17年(2005) | 創立130周年記念式典を行う。(5月) |
平成18年(2006) | 第9回アジア太平洋地域聴覚障害問題会議・第40回全日本聾教育研究大会を主管し,開催する。(10月) |
平成19年(2007) | 秋篠宮同妃両殿下が,全校を視察される。(2月) 学校教育法の一部改正に伴い,筑波大学附属聴覚特別支援学校と改称される。(4月) |
平成22年(2010) | 「東京盲学校発祥の地」記念碑が,東京都中央区市場橋公園内に建立される。(11月) |
平成23年(2011) | 「式典用字幕表示システム」が,更新される。(3月) |
平成24年(2012) | 姉妹校である国立パリ聾学校から3名の教員が来校し,平成25年度から開始する相互訪問交流についての協議を行う。(7月) |
平成25年(2013) | フランス国立パリ聾学校と相互訪問交流を開始する。(12月) |
平成26年(2014) | 高等部と歯科技工科を,高等部普通科と高等部専攻科(造形芸術科・ビジネス情報科・歯科技工科)とした。(4月) |
平成27年(2015) | 韓国国立ソウル聾学校と姉妹校協定を結ぶ。(6月) |
平成28年(2016) | 第50回全日本聾教育研究大会を主管し,開催した。併せて研究会50周年記念式典を行った。秋篠宮妃殿下並びに眞子内親王殿下が研究大会を視察され,両殿下のご臨席のもとで開会式を行った。(10月) |
平成29年(2017) | 幼稚部の学級を3学級から2学級に縮小した。 |