同窓会で山尾庸三子爵胸像台除幕式が行われ、
山尾庸三子爵胸像と胸像台を寄贈いただきました

4月20日日曜日、本校高等部職員玄関にて、筑波大学附属聾学校同窓会による山尾庸三子爵胸像台除幕式が盛大に行われました。その席上で同窓会より山尾庸三子爵胸像胸像台を寄贈いただきました。

山尾庸三先生は、長州藩士のもとにお生まれになり、幕末から大正時代にかけて、日本史にその足跡足蹠を残された人物です。山尾先生は、文久3(1863)年、伊藤博文・井上馨・井上勝・遠藤謹助と共にロンドン大学に留学して工学を学び、さらには慶応2(1868)年、単独でグラスゴーに向かって造船術を学び、東京大学工学部の前身となる工学寮を創立されたことでよく知られています。

山尾先生は、グラスゴーのネピア造船所でろう者がさまざまな造船の仕事をこなしていることを目のあたりにし、また彼らが手話で会話することを知り、ろう教育の必要性を認識しました。この経験から、日本のろう者の人材教育にも熱心に取り組み、明治13年(1880)年には楽善会訓盲院を設立したことが、ろう教育の礎として大変重要な役割を果たしたといえます。また明治18(1885)年には、私立運営にあった訓盲唖院を国の直轄として文部省に移管することにも貢献されました。

現在の筑波大学附属聴覚特別支援学校は、この訓盲院が母体となり、134年の歴史を刻んできました。その間、下記のように幾度も教育組織の改編、校名改称がありました。

山尾庸三子爵の胸像は、平成24年12月に山尾信一様より同窓会に寄贈いただいたもので、同窓会で1年をかけて胸像台座を製作しました。

当日は同窓会が山尾信一様ご夫妻をお招きし、盛大な除幕式・目録の署名交換等が行われました。


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