卒業生の声|筑波大学附属聴覚特別支援学校 歯科技工科 

卒業生の声

村上春江さん

第5回 村上 春江さん(10期生)

1983.3  筑波大学附属聾学校歯科技工科卒業
フジテックデンタルラボ 勤務
2008年アビリンピック千葉大会歯科技工競技で金賞受賞


歯科技工を選んだきっかけ

特に歯科技工という仕事に興味を持っていたわけではありませんでした。父の勧めで、歯科技工士という職業があることを知り、私も聴覚障害を持ちながら自立するためには、何か技術を身につける必要があると強く考えていた中で見つけたのが、筑波大学附属聾学校歯科技工科でした。決めたのは高校2年の時です。

卒業してから現在まで

歯科技工科を卒業後は、郷里の岩手県盛岡市へ帰り、歯科材料商社に入社しました。その会社は歯科材料販売のほかに技工部門があり、ラボ(歯科技工所)では10人くらいの技工士が働いていました。
仕事は大変忙しく、深夜残業が続く毎日でした。
入社して5年後に会社が倒産。技工部の者だけで、フジテックデンタルラボを立ち上げ、現在に至っています。

私は平成3年に結婚した夫と娘3人の5人暮らしです。出産、育児のために、延べ5年間休職しました。上の双子の娘たちが3歳になった時、娘たちを保育園に預け、パートで復帰しました。基本的に9:00~15:00までの勤務です。
子供の病気の時や学校の行事の時は休みをいただいて、その分、他の日に1~2時間延長して仕事をするというようにして、子供に合わせて働き続けることができました。
保育園時代は仕事が終わって迎えに行くまで預かってくれるので働きやすかったです。むしろ小学校に入学してからが大変でした。低学年は午後の早い時間に下校になるので、1年間は午前中だけの勤務にしてもらいました。
会社には私の都合にあわせて働かせてもらい、大変ありがたく思っています。
アビリンピックに参加する時も様々な準備や、練習をする時間をとらせてもらい、本番の時は3日ほど欠勤することにもなるので、迷惑をかけ通しですが、社長も同僚達も嫌な顔ひとつせず励まして送り出してくださいました。いつも感謝しています。

アビリンピック千葉大会
2008年アビリンピック千葉大会に出場
金賞を受賞
金賞受賞作品

現在双子の娘は高校3年生、下の娘は中学1年生。毎日騒がしく忙しくしております。子供の進路に悩み、成績の上がり下がりに一喜一憂し、私たち夫婦のこれからと、健康も考えねばならない年齢になりました。

後輩たちへのメッセージ

今、ラボも歯科医院も、どこも楽な経営をしているところは少ないのではないでしょうか。
我が村上家もしかり。嵐の海へと船を送り出してやらなければならないわけで、子供たちの前途を考えると、社会情勢や、経済の動きにも無関心ではいられません。
知恵を絞り、時には心を鬼にすることもあります。子供達には「耳にタコ!!」と言われるぐらい、社会常識や世の中のルールなどについて言葉をかけています。
昔の深夜残業はとても大変でしたが、今、困難につき当っても「あの時の大変さを思えば・・・」とたいていのことは苦にならなくなりました。
「若いときの苦労は買ってでもせよ」ということです。

母校歯科技工科への思い

歯科技工科を卒業して26年。ものすごく年月が経ったような感じがしますが、過ぎてみれば「あっという間」でした(月並みな言葉ですが)。

こんなに長い時間が経っても、歯科技工科での3年間は色あせず鮮明な思い出としてよみがえってきます。
個性豊かな先生方、明るく楽しいクラスメート、励まし合い、傷つき合い、一緒に成長していきました。技工科で出会った仲間たちは、今も私の心のよりどころであり、宝物でもあります。
私が技工科で学び得た宝物が、この先 子供達にも、そしてみなさんにも授かりますようにと、日々願っています。


(2008年)

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