卒業生の声|筑波大学附属聴覚特別支援学校 歯科技工科 

卒業生の声

三井悟さん
第4回 三井 悟さん(10期生)

1983.3  筑波大学附属聾学校歯科技工科卒業
1983.4  和田精密歯研株式会社入社
1991.3  東京出張所主任就任
2000.12 平成12年度表彰 努力賞受賞
2003.3  東京工場係長就任
2008.6.15 和田精密歯研創業50周年記念祝賀会
               感謝状受賞


歯科技工士になるきっかけ

私の祖父と伯父は歯科医でした。私は小学2年頃、伯父の歯科医院へ遊びに行った時の石膏や印象材の匂いを今でも覚えています。将来は私も歯科医になりたいと思いましたが、当時は聴覚障害を持った私が取れる資格ではありませんでした。しかし、歯科技工士の資格は取れましたので、筑波大学附属聾学校歯科技工科に進学しました。

入社から現在まで

昭和58年(1983年)4月、和田精密歯研株式会社東京出張所(現:東京工場)に入社しました。 業務内容は、まずクラウンブリッジの適合・研磨担当2年、メタルボンドの適合担当3年、その後、念願のパターン担当になり、適合、完成まで一人でやり、歯科医から指名される特殊技工の担当になりました。

特殊技工は、インプラントやアタッチメント、コーヌステレスコープといった難しい高度な仕事で、最初は知識もなく、色々な資料やマニュアルを調べるのに手間がかかりました。 また、営業担当者や上司を通して歯科医のニーズを確認しながら製作するという苦労がありました。
学校で学んでいない仕事もありましたが、作ってみたいという気持ちで満ちていたため、色々なことに挑戦しました。
しかし、入社当初にいた学校の先輩方の異動または退職等で教えてくれる上司がいなくなってしまい、仕方なく自分の力で何とか作っていましたが、いくつかの失敗がありました。

そういうこともあって、レベルアップの為に大阪本社(現:大阪工場)アタッチメント部門にて3週間のアタッチメント・テレスコープ研修に行って技術を習得しました。
それからは、もっと技術を高めるために、歯科材料メーカーの色々な講習会や研修会等に手話や筆談してくれる健聴者を伴って積極的に参加して、高度な技術・知識を習得していきました。

1996年頃からインプラントが普及し、各メーカーのインプラントの種類や製作法等の知識も必要になりました。新たなインプラントの受け入れ時にはカタログで調べたりといった苦労がありましたが、現在は11種類のインプラントメーカーの専門的知識と技術を確保出来るようになりました。

今年は勤続26年目で永年勤続の表彰を受けました。会長、社長をはじめ、常務そして、大阪のスーパーテクニシャンの技術指導、そして東京工場の皆様のお陰様であると感謝しております。

   部下には筆談も交えて指示をします 部下には筆談も交えて指示をします

歯科職人として 「一歯入魂」

わが社の社訓の第一が「品質第一を貫け」です。
歯科医療の現場で使っていただく技工物の品質は、もちろん最優秀でなければなりません。また、それだけではなく、営業面での品質、間接部門や事務部門での業務の品質などを含め、最上の品質を狙い、最高の品質の出来映えを示す、いわゆる良質な技工製品を提供することが重要である、ということです。

『一歯入魂(いっしにゅうこん)』

私は野球が大好きです。プロ野球観戦も好きですし、中学1年~高校3年まで野球部でした。私達選手は一球入魂の精神に凄く感動していた思い出が忘れられません。
一球入魂の意味は、一球一球に全力を傾けること。精神を集中して、一球を投ずること。「入魂」は物事に魂を込めること。全神経を傾けることといいます。

同様に、歯科技工も一つ一つの仕事が作品。心を込めて歯科技工物を製作する、『一歯入魂』で技工に励んで行きたいと思います。

〔1本の歯を救う為に全力を注ぐこと。〕
       ↓
    『一歯入魂』

後輩達へのメッセージ

今までの経験からいうと、技術的には歯型彫刻が一番重要です。部位ごとの外形や特徴をきちんと覚えなければいけません。

1年生は、『一歯勉強』  (歯について一生懸命勉強すること)。
2年生は、『一歯懸命』  (一本の歯に集中して一生懸命技工をすること)。
3年生は、『一歯入魂』  (国家試験合格の為に一生懸命入魂して頑張ること)。

皆さん、目標に向かって頑張って下さい。

   本校歯科技工科での講演 母校歯科技工科で講演(2008年7月17日)

仕事をする時は、苦しい事があっても我慢すべきです。「苦あれば楽あり」ということわざがあるように、未熟な技工からプロの技工へ成長を遂げると、どんなに忙しくても、多くの仕事をこなす事が出来るようになります。そうすれば、本当に楽になります。若いうちに先ずは技術を磨くように頑張って欲しいと思います。
そして、会社に入ったら、先ずは、しっかりと挨拶をする、マナーとルールを守ることも大切です。

最後に

歯科技工士になって26年目を迎えましたが、私は会社での定年まで、歯科技工を続けて頑張っていきたいと考えております。あと14年で定年の60歳になりますが、60歳を過ぎても嘱託として続けるかもしれません。
大阪工場に働いている堺聾学校歯科技工科卒の聴覚障害の歯科技工士の先輩が62歳で頑張って技工をやっています。本当に素晴らしいです。以前は社内に筑波大附属聾学校の先輩がいましたが、退職されて今、私が母校卒業生の最年長になっています。
母校の誇りのために続けていきますので、後輩のみなさんも自慢できる歯科技工士(スーパーテクニシャン)になれるように頑張って欲しいと思います。


(2008年7月 歯科技工科保護者会・講演会)

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