卒業生の声|筑波大学附属聴覚特別支援学校 歯科技工科 

平成30年度 第1回保護者会・講演会『歯科技工の独立開業』

 平成30年7月19日に、本校歯科技工科13期卒業生の小田茂さんにご講演いただきました。
 小田さんは、本校の近くでご自身で歯科技工所を開業されています。また、3年生後期課程では非常勤講師として臨床特論実習を教えて頂いています。

 小田 茂 さん(13期生)

1986年 筑波大学附属聾学校歯科技工科修了
        小林歯科診療所(東京都中央区)勤務
1987年 早稲田歯科技工トレーニングセンター夜間部 修了
1992年 つくば デンタル・ラボ 開業
2008年~ 筑波大学附属聴覚特別支援学校 歯科技工科非常勤講師(臨床特論)
2008年 アビリンピック千葉大会 銅賞受賞
2010年 アビリンピック神奈川大会 金賞受賞
鴻歯友会(歯科技工科同窓会)では、1986年から理事、2000年から2年間会長をつとめ、2003年~現在まで相談役をつとめる。
趣味はアウトドアと合気道


はじめに

 皆さんこんにちは。小田茂と申します。32年前に歯科技工科を卒業しました。今回は「歯科技工の独立開業」というテーマですが、その前に独立開業に至るまでの話をします。

 私は福島県郡山市の出身です。耳の障害は後天性です。小さい時に高熱を出し、その時の注射により聴力をなくしたと聞いています。右耳は全く聞こえません。左耳は補聴器で聞こえています。
 幼稚部は聾学校で、小学校1、2年生は普通小学校に通いましたが、勉強についていけず、3、4年生は聾学校に通いました。そして聾学校の先生から普通小学校へのインテグレーションを勧められ、ちょうどその時に福島県で難聴学級が設置されたので、その第1号の生徒として難聴学級に入り、中学校、高等学校まで普通校に通いました。

 高校受験では試験に英語のヒアリングがありました。私は放送の音は聞こえましたが、口形が見えないと内容までは分からなかったので、ヒアリングは分からないからとあきらめていました。しかし、当時勉強を教えてもらっていた家庭教師の先生から、「分からないのは障害のせいじゃなくて、聴く努力をしないからではないのか。」と言われ、先生が話した英語をテープに録音してくださって、毎日それを聴くようにしました。はじめは難しかったのですが、だんだん耳が慣れてきて、全部は無理でしたが、半分くらいは分かるようになりました。また音楽が好きだったのでラジオを聞いたりして、訓練という感じではなく、だんだん聴き取りができるようになってきました。そして、校内放送なども分かるようになり、電話もできるようになってきました。
 聴こえには個人差がありますので、もちろん一概には言えません。私の場合はたまたま聴き取りができるようになれたのだと思いますが、結果的に聴き取りの力をつけることができ、家庭教師の先生には感謝しています。

進路の選択

 無事に志望校に合格できて高校に進学し、そして大学に進学するか、就職するか、卒業後の進路を決めるときが来ました。当時は今より大学進学率も低かったですし、私は英語が苦手だったので、大学には行きたくないな、仕事がしたいと思いました。しかし仕事をするにしても、何か手に職をつけたほうがいいと思いました。そんな時に、母の友人が歯科技工士がいいと教えてくれました。当時、歯科ではポーセレンが普及し自費診療が増え、露骨な言い方ですが、歯科技工士は儲かる、すぐに家が建つ、と実際に言われていました。私もプラモデルを作ったりすることが好きで手先は器用だと思っていたので、歯科技工士はいいなと思いました。
 そこで地元の歯科技工士の専門学校を調べてみると、そこは全寮制だったので迷っていたところに聾学校の先生が私の進路を心配して連絡を下さって、筑波大学附属聾学校に歯科技工科があることを教えてくれました。附属聾学校ではあるのですが、「筑波大学」という名前を魅力に感じて、事前に下見や見学をせずに入学試験を受けました。
 入学試験には合格しましたが、普通校でやってきた私としては、また聾学校に戻ることへの迷いがあり、入学の決心がつかずにいました。 そんな時に姉に言われました。「なんのために学校に行くのか、歯科技工士になるためでしょ?聾学校とか手話とか環境のことも不安だろうけど、それは時間をかければなんとかなるから、本来の目標を見失ってはもったいない」と。 それで「聾学校もいいかな、歯科技工士になるために頑張ろう」と決心がついて、歯科技工科に入学しました。


歯科技工科に入学して

 歯科技工科13期は13人で、半分は私のように普通校から、半分は聾学校から来た生徒でした。はじめは友達関係も二分していました。ケンカをしているわけではありませんが、口話と手話というコミュニケーション手段の違いで分かれてしまっていたのです。
 そのときに落合先生という聞こえない先生に「同じクラスでコミュニケーションをとらずに分かれているなんて、そんな悲しいことはしないでほしい。3年間を一緒に過ごすのだから、少しでも手話を覚えてくれないか。」と言われました。それを言われたのは1年生の6月くらいだったと思いますが、それからは皆と話すようにして、手話も教えてもらいながら使うようになって、夏休み前にはほぼ手話でコミュニケーションがとれるようになりました。それからはみんなで遊びに行ったりして、クラスとしてとても仲良くなることができました。

 僕らの時代は縦の関係がとても厳しく、気軽に上級生の実習室に行って話しかけたりはできませんでしたが、今はみんな仲がいいですね。仲が良いのはとてもいいですが、社会では縦の関係を厳しく見る人もいますので、先輩後輩の上下の関係性は身に付けておいたほうが良いと思います。人とはうまく付き合っていってほしいと思います。

 歯科技工科では学習内容が新鮮で、興味を持って学びました。皆さんもそうだと思います。分からないところがあれば、そのままにしておくと本当にどんどん分からなくなってしまうので、先生をつかまえて質問して、そして覚える、理解する、ということの積み重ねです。そうすると国家試験を苦労せず突破できます。分からないことを放置しておくとダメですよ。そして、勉強して覚えたら、遊ぶ。そういう学生生活を私も送りました。国家試験も無事に合格し、卒業後は歯科医院で歯科技工士として働くこととなりました。

歯科技工科を卒業して

 就職したのは歯科医院で、本院と分院がありました。院長先生と若い歯科医師の先生が2人、合わせて3人のドクターの仕事をすべて、義歯もクラウンブリッジも受けていました。
 同時に、夜間は歯科技工士の有資格者が通う卒後研修機関である「早稲田歯科技工トレーニングセンター」、通称「ワセトレ」に通いました。その時にワセトレに通っていたのは3年~5年目くらいの経験者が多く、私のような新卒は2人だけ、だからレベルが高くてみんな上手かったです。作業スピードも速くて、私はついていくのに精一杯でした。 そのような中で揉まれ、上手い人に憧れ、また、その人たちの作品を見る機会が得られたことで自分の目を肥えさせることもできました。それも技術を磨く方法のひとつです。
 さらに良かったことは、勤務していた歯科医院は歯科技工士が自分一人で先輩がいませんでしたので、仕事で分からないことをワセトレの仲間に教えてもらうことができました。帰りの電車が一緒の方がいて、いろいろ質問してたくさん教えてもらいました。
 仕事を夕方5時までやって、6時から9時まで学校、大変でしたが充実して多くのことを得ることができた1年でした。

歯科技工の独立開業

 歯科医院に勤めて6年で今回の演題でもある独立開業をするわけですが、6年で独立というのは少し早いかなという気もします。これは自分の性格なのでしょうか、同じような毎日で少し飽きてしまって刺激が欲しくなり、職場を変えようかと歯科技工科の先生に相談してみたら、だったら独立はどうかという話になりました。悩みましたが1年間考えて決心し、30歳になる前に独立しました。

 独立開業といっても、何をしたらいいのか、学校では保健所に開業届を出すことまでしか教わりませんでしたので、すでに開業していた歯科技工科の先輩に教えてもらったり、開業資金は親に協力してもらったり、周囲のサポートのおかげでできたと思います。
 特にワセトレの三善先生と、亡くなられましたが歯科技工科の赤根先生にはいろいろお世話になりました。赤根先生は、独立したときに仕事がないと困るからと松戸にある大手歯科技工所を紹介して下さって、そこの仕事を回してもらうように取り計らって下さいました。
 また、その歯科技工所の経理部長の方も、税務署の届けのこと、個人事業なら青色申告のほうがいいとか、妻も同じ歯科技工科の卒業生で歯科技工士なので、妻を専従者として届けることなど、具体的に教えていただき、紙にまとめて下さいました。そのおかげで自分で税務署に行って届出書をもらい、記入して届け出て、無事に開業に至ることができました。
 更に、ブレスデンタルラボラトリーの吉田亨先生を6カ月位、仕事を終えた後に訪問し、歯科技工の勉強と、開業のノウハウを学びました。

 私の歯科技工所はここから車で10分程度ですが、名前は「つくばデンタル・ラボ」といいます。筑波大学附属聾学校歯科技工科の卒業生では、学校のある市川で開業する第1号ということで、学校の名前をいただきました。
 独立したら歯科技工だけでなく、事業でのお金のことも自分でしなければいけません。あの時はまだパソコンが普及していなかったので、税務申告などすべて手書きでやりました。申告期間が2月15日からの1か月間と決まっていて、歯科技工の仕事だけでも忙しかったのですが、なんとか書いて、1年目、2年目は手書きで申告書を作成しました。
 3年目は歯科技工のほうがとても忙しくなったので、知り合いの紹介で司法書士にお願いしました。楽ですが、しかしお金はかかります。結構高いです。 10年くらいは歯科技工で稼いで払っていましたが、パソコンが普及してきたので、司法書士にお願いせず、青色申告会に入会し、そこの会計ソフトを使って自分で申告書を作るようにしました。これは楽です。数字を入れれば自動的に計算され、ソフトの管理費も高くない。もっと早く自分でやればよかったと思います。
 お金の流れを把握するためには、最初だけでも自分で会計をやったほうがいいと思います。私もそれでお金の流れが分かりましたから。税金がどのようにかかるのか、計算式にあてはめて、自分の手で計算して覚えたほうが良いと思います。そうするとお金の流れが分かってくる。その後は他にお願いしてもいいし、会計ソフトを使ってもいいと思います。
 独立開業は、当然ですが技術力、知識が大事になります。身についていないと自信を持って開業できません。更に経営力、営業力をしっかりつければ、20年、30年と続けることができます。

 最初は別のところを借りて開業しました。4年後に自分で家を建てて、1階に歯科技工所をつくりました。 入口を開けると、細長くて「うなぎの寝床」と言われますが、必要な機器はひととおり揃っています。

  
  

 こんな感じの歯科技工所ですが、26年やってきて、今、景気はどうかと聞かれると、まあ普通です。近頃は自費が減っていると技工士仲間では話すこともありますが、やっぱり波はあります。これまでもいろいろありました。でも苦しいというほどでもなく、楽しく仕事をしています。
 開業当初は大手歯科技工所の下請けで仕事を回しながら、新規取引先の開拓のために、歯科医院を回りました。歯医者さんはすでに他の歯科技工所と契約をしていますので、そこに割って入るのは簡単なことではありません。ほとんどは断られます。100件くらい回って、そのうちの数件から仕事が頂くことができました。 ある日、取引先開拓のために訪れた歯科医院が、たまたまケンカして歯科技工所を変えようとしていた時で、運良く仕事がもらえたこともありました。あのときは本当にタイミングが良かったです。また、取引している歯科医院の先生から、別の歯科医院に紹介をして頂けたこともありました。開業してすぐに仕事をもらうのは難しいですが、すでに仕事をいただいている先生との信頼関係を築き、自分の仕事をアピールし熱意を伝えることで仕事を頂けるようになりました。

独立してよかったこと

 独立していちばん良かったと思うことは、歯科医師の先生から質問されたり、相談されたりすることです。そのように自分を信頼して仕事を依頼されることに、歯科技工士としてのやりがいを感じます。それがとてもうれしいです。 独立すると歯科医師の先生と直接 顔を合わせることも多いですから、自分の仕事への反応がダイレクトに伝わります。喜ばれている、頼りにされている、信用されている、ということが分かるので、その時は独立して本当に良かったと思います。
 そのためには、やはり若いうちに学術会などに参加して知識を吸収しておくことが必要です。私もそれがあったので、相談を受けた時にお答えすることができます。 みなさんも積極的に知識を吸収してください。

 他に独立して良かったこととしては、今は妻と2人でやっていますので、平日に出かけたりなど、時間の融通が利くことでしょうか。

交流の機会を持とう

 歯科技工科の同窓会である鴻歯友会では多くの卒業生と関わってきました。歯科技工でも歯科技工以外でも、がんばっている後輩が多くいて頼もしく思います。 ここにいるみんなも、鴻歯友会の学術講演会やイベントなどで会ったことがある人もいますね。
 独立のことで相談した石黒さんはここの1期生です。私は13期ですから、OB会に顔を出さなければ知り合うことはありませんでした。他の先輩方からもたくさんのアドバイスを頂きました。年齢の離れた方と交流を持つことは自分の人生の上でプラスになることがたくさんあります。皆さんも鴻歯友会を活用してください。

 また、アビリンピックの参加を通して、多くの人と知り合うことができました。アビリンピックには3回出場しましたが、1回目は入賞できず、2回目は銅賞、3回目でやっと金賞をとりました。金賞をとって国際大会に出場できると楽しみにしていたのですが、その時の国際大会では歯科技工競技が実施されず、がっかりしたことを思い出します。
 アビリンピックには出たほうがいいですよ。賞をとるとかではなく、出場することで自分の技術がどのくらいか見極めることができますし、全国から出場者が来ますから、お互いの仕事のことを話したりして交流ができます。聞こえない人は初対面でもコミュニケーションをとるのが上手ですよね。すぐに話ができます。上手いとか下手とか関係なく、アビリンピックを通して得るものがたくさんあります。 栁本君みたいに国際大会で優勝して、安倍首相に挨拶に行ったりと大きなニュースになる人もいますしね。鴻歯友会やアビリンピックなど、皆さんも積極的に参加してほしいと思います。

学生たちへのメッセージ

 歯科技工をやる以上、どのようになりたいか、目標を持ってほしいと思います。 将来は独立したいとか、歯科技工所内でトップになりたいとか、目標をもって頑張ってください。目標のためにはサポートが必要なときもありますので、そのサポートをいかにして得るか、そのためには周囲と協力し合って、自分も努力することが必要です。
 実際に仕事についてみないと分からないと思いますが、その仕事が合う、合わないというのは、1年2年では分かりません。そこでやめてしまってはもったいないと思います。3年はやってほしいと思います。歯科技工士は資格がないとできません。これから歯科技工士は不足します。貴重な存在になります。せっかく勉強して資格を取るのですから、最低でも3年は続けてほしいと思います。

 私も後輩から相談を受けることがあります。職場の人間関係に苦労していると相談をされますが、人間関係というよりは、本人が常識を分かっていないと思うことがあります。 僕らは耳が聞こえないから常識に欠けているところは少なからずあります。自分にもあります。常識が分かっていないと周囲から嫌われます。自分も嫌われてしまい、なぜだろうと思う時がありました。若いうちには分からずに常識はずれのことをしてしまうことはありますが、周囲の人の反応でちゃんと気づいて直すことです。それを積み重ねて、人との信頼関係を築いていってほしいと思います。仕事をいただくためには信用が大事です。そのためにも常識が大事だということを覚えておいてください。

 コミュニケーションに不安を感じている人もいると思いますが、口話が難しければ、筆談でもFAXでもEメールでも、やろうと思えばできるのですから、歯科医師の先生も理解をして対応をしてくれます。口話が苦手だったり、電話ができなかったりしても、歯科技工所を開業し、立派にやっていっている人はいます。
 必要なのは皆さんのやる気と熱意です。知識は自分で増やすことができます。知識を得ることで技術も向上します。自信もついていきます。独立開業というのはそんなに難しいことではありません。独立して自分でやっていきたいという気持ちがあれば誰でもできると思います。みなさんがんばってください。  


(2018年7月 歯科技工科保護者会・講演会)

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