卒業生の声|筑波大学附属聴覚特別支援学校 歯科技工科 

平成29年度第1回保護者会・講演会『技工 30 年を振り返って』

 平成29年7月19日に、鴻歯友会(歯科技工科同窓会)会長の中澤昇一さんに講演をしていただきました。

 中澤 昇一 さん(15期生)

1988年 筑波大学附属聾学校歯科技工科修了
        君和田歯研勤務
1990年 早稲田歯科技工トレーニングセンター修了
        和田精密歯研株式会社勤務
2006年 有限会社デンタル・ラボア・グロース勤務
2009年 和田精密歯研株式会社復帰 東京ラボ勤務 現在に至る
2014年度より鴻歯友会(歯科技工科同窓会)会長


歯科技工科を卒業してから

 私は歯科技工科を卒業した後、小さな歯科技工所に入社しました。 先輩といっても一人くらいで、私の教わる力も乏しく、いろいろ悩みながら作っていました。泊まり込みで仕事をしたりしながら1年間続け、これでは身体を壊すと感じていた時、歯科技工専門誌を見て、早稲田歯科技工トレーニングセンター(ワセトレ)に魅力を感じ、思い切って1年で会社を辞めワセトレに入りました。
 ワセトレは歯科技工士の有資格者にセラミック技工を教える卒後研修機関です。 今は鶴見大学歯科技工研修科など卒後に学べる良い場所が他にもいろいろありますが、当時の私はワセトレで1年間、自分の知らなかった技術をいろいろ学び、やっぱり良かったと思います。ワセトレに入らなければ、今、歯科技工をやっていなかったと思います。
ああなりたい、こういう仕事をしたい、と自分の将来をよく考えたことが入るきっかけでした。他の研修機関でもいいと思います。職場に入って学ぶこともできますが、みんな自分の仕事で忙しく、職場では教えてくれる人が限定され、教えるコツも持っていません。ですから技術を学びたければやはり専門の学習する場所で学ぶのがいいと思います。お金を払うのは自分への投資、将来のためと思えばいいと思います。
 和田精密も新人が入ってきますが、何を学んだかで仕事は決まります。いろいろな経験、知識があればそれに応じた仕事を渡す、だから自分の力でいろいろなところに行って学ぶしかないと思います。 講演会でも学会でも、いろいろな学べる場所がたくさんあり、手話通訳を頼むこともできます。いろいろな情報を貪欲に獲得している若い卒業生もいて素晴らしいと思います。そのように学校を卒業して社会に入っても学ばないといけない。積極的に新しい技術を、知識を獲得しないといけません。

和田精密歯研に入社して

 ワセトレ修了後、憧れている先輩と一緒に働きたいという気持ちが強く、先輩が勤めていた和田精密歯研に入社しました。先輩と同じ東京事業所で働きたかったのですが、当時の所長が私を見て気の弱い男だと感じたらしく、静岡県の浜松事業所の方がアットホームでお前に向いていると言われ、浜松勤務になりました。
 その時、私と歯科技工科を卒業したばかりの後輩2人と、3人一緒に浜松に行きました。浜松での遊ぶ場所を知らなかったので職場が遊び場のような感じで歯科技工に集中できました。はじめは模型の分割、ワックスアップを一日50個以上、夜中の1時2時くらいまで、住まいも1分ぐらいのところでしたので遅くても大丈夫でした。 浜松での5年間で最後にはポーセレンも任せられるようになりました。
 その後は名古屋、大阪と転勤をして、最終的には東京に戻ることができました。 東京事業所に移った時には、アットホームではなく皆バラバラだと感じました。私は浜松で学んだことを東京に持ち込み、納得できず周囲とぶつかりながらも東京で16年間つとめました。
 私にはドイツで歯科技工のマイスターの資格を取り、働きたいという夢がありました。 ですから思い切って和田精密を辞め、日本人でドイツのマイスターの資格を持っている大畠一成先生のデンタル・ラボア・グロースという会社に入りました。2年半勤めましたが、私の家庭の事情でドイツに行くのは諦め、再び和田精密に復帰しました。
 和田精密で以前は主任でしたが、自分のワンマンチームだと身体を壊すのではないかと思い、かつての部下達が自分の力でいろいろ対応できるように、周りを育てるための指導をするようにしました。 今は昔と比べてまとまりも良く電話対応も良く皆ができるようになり、自分も気が楽になりました。

30年間 今まで技工を続けられた理由

 30年間、今まで技工を続けられた理由を話したいと思います。

「自制心」「持続心」「探求心」「対応能力」

 この4つが30年間 続けられている理由だと思います。

「自制心」

 1972年 アメリカのスタンフォード大学で心理学者ウォルター・ミシェルという先生の実験で、人間の将来は子供の頃の自制心が大きく影響することが示されました。4歳当時に我慢できた子とできなかった子では、16年後の追跡調査でもテストなどに差がみとめられ、それから23年後の追跡調査も差がみとめられたのです。子供の時に自制心を鍛えるのがいかに大事かがわかります。

 私も自制心を鍛えられるときがありました。私は小学3年生まで聾学校にいましたが、両親の意向で普通の小学校に変わり、高校まで普通学校で学びました。そこでは言葉によるいじめもありましたが、一日30回以上殴られるようなこともありました。
 それに耐えられたのは、いじめられっ子がボクシングをするマンガがきっかけです。それに影響を受け、アメリカのトレーニングマシーンを両親に頼んで買ってもらい、トレーニングを始めました。飽きっぽい性格ですが、負けたくない、いつか見返してやりたいという悔しさでトレーニングを続けられたと思います。
 そうして自分に力が付いてくると、そのぶん自信もついて、そうするといじめも自然になくなりました。やり返してやろうという心もなくなりました。鍛えることで自分の心も鍛えられ、今の私の立場にもそれが影響していると思います。
 30年技工をやってきて、色々な壁にぶつかりましたが、昔の経験があったから、私の場合は強く言われてもあまりこたえませんでした。

 鴻歯友会の会長になってからは後輩から、上司から強く言われたとか、話を聞いてくれないなどの相談をよく受けます。その時に私は必ず「他人に理解させる努力をしたのか」「相手の立場で考えたか」と言います。 立場を置き換えてみると、部下に何度も同じミスを繰り返されてはいやになると思います。そして何度もミスをカバーしてくれている上司の立場で考えてほしいと思います。
 私も若い頃は同じように、お前のせいで怒られたとか言われましたけれども、自分の技術が未熟なんだから怒られても仕方がないという気持ちに切り替えました。 初めのうちは仕方ないと右から左に受け流しても構わないですが、うまくなるには自分で研究しないといけません。どうしてこうなるのか、例えばパターンが壊れたりしたら、面倒くさいと思っても、厚みを測ったり原因を細かく調べたり、怒られたことよりも技術向上に意識を向けてほしいと思います。 2年でも3年でも我慢して研究して技術を磨くしか方法はないと思います。 今の若い人は会社を辞める人が多いですけれども、それは残念です。今は心を鍛える機会が少ないと思います。自分で自覚して耐える力を身につけるといいと思います。

「持続心」と「探究心」

 「続ければ続けるほど良くなる」という言葉があります。簡単にあきらめると、変えて、またあきらめて変えて、あきらめて変えて…、となり面白くない気がします。
 持続するためには探究心を持っていなければと思います。 和田精密の東京事業所で働いているろう者は私の他に3人いますが、みな探究心を持っています。何かトラブルが起こった時、その理由を私の先輩3人はあきらめないで探究します。聞こえないからいろいろな本をよく読んでトラブルの原因を探します。 歯科技工所にはだいたい歯科技工専門雑誌が置いてあります。私が働いたところはすべて置いていました。トラブル解決法などという記事があったら必ず読んでおきます。置いていなければ、医学書を取り扱う本屋が御茶ノ水にありますので、そこに行って調べてもいいと思います。この歯科技工科にも置いてあります。
 探究心を持って、技術は見て盗んで、そうやって仕事を続け、だいたいのトラブルには対処できるようになりました。和田精密の東京事業所のろう者はいろいろなトラブルを解決し、発表したりして、和田会長も私達を気に入っています。

 持続心ということでは、私も三日坊主で終わることもありますし、やはり興味を持たないと続けるのは難しいと思います。 私は歯科技工ではポーセレン、審美歯科技工が好きだから続けられたのだと思います。皆さんも好きなことを見つけてください。

 和田精密歯研はろう者の活躍も多く、会社の上層部も認めています。それは先輩方の探究心のおかげだと思います。 私も先輩方から、いろいろな失敗を防ぐ方法を教えてもらえラッキーでした。
 ろう者の武器は探究心、健聴者を抜くには探究心です。 手話を使って脳の働きが良くなっているから、この力は皆さんもあると思います。 鴻歯友会には経験を積んだ先輩がたくさんいますから、探究心を持って質問すれば、いろいろ教えてもらうこともできます。

「対応能力」

 例えば「なぜこれを見落としたのか?」などと言われることがあり、そんな時に「分かりません」と答えがちですが、私の先輩は違います。「しばらく待ってください」と言って、見て考えて、そしてこれは多分こうだ、と理由を説明をしてトラブルに対応します。 ろう者はこれが得意なのかもしれません。他の3人と比べると私はその力は低いかもしれません。 普通学校と比べると聾学校出身者の方がその力がある気がします。なぜなら聾学校は一人一人に考えさせ答えさせる教育方法があり、それが磨かれたと思います。 私は普通学校だったので先生に聞かれてもすぐ分かりませんと答えて、暗記して理解不十分のままのこともありましたので、私はその力が足りないかもしれません。 和田精密に入って、ろう者の3人からはいろいろなことを教えてもらっています。
 トラブルがあっても、対応能力を鍛えるためと思って積極的に対応してください。 すぐに対応して、説明することができれば、健聴者も分かってくれて仕事を任せてくれることが増えます。

周囲への感謝を忘れずに

 皆さんもこれから、国家試験を受けて、社会に飛び立ちます。 その時にぶつかるのは人間関係ですが、後輩たちが相談するのは努力しない問題ばかり、だから私も喝を入れます。自分の立場をわかって努力するように、そしてその人の立場を考えるように、と。
 ろう者は自分がミスをしても、電話対応がないので歯科医師から直接怒られることはあまりありません。自分の代わりに健聴者が怒られているのです。 そのことへの気遣いも必要です。私の場合は差し入れをしたり、すまなかったといろいろフォローをしています。 ろう者だと仕方がないこと、言われても分からないこと、反論できないこともありますが、職場はみんな仲間ですから、あんまり喧嘩するよりも、我慢をすることも必要です。 歯科医師も忙しくメールはなかなかもらえず、代わりに健聴者が電話を受けてくれます。私の代わりにサポートしてくれる健聴者が気楽になるように私もフォローします。そういうことがないと仕事は続けられないと思います。

3年は続けて

 歯科技工科での私のクラスメートは13人いましたが、今も歯科技工を続けているのは4人です。他の人は歯科技工を辞めてしまいました。別の道で活躍されている人もたくさんいますが、皆、歯科技工の経験をしたのは良かったと言っています。
 皆さんが技工を続けて、私のように30年続けるか、他の職業に変わっていくかは分かりませんが、最低でも3年間は技工を続けることをおすすめします。3年続けて、自分はこれは難しいと思った場合は転職してもいいと思います。 3年やれば自分の欠点とかいろいろな答えを見つけることができますが、1年や2年ではそれは難しく、3年続けてみれば自分の欠点が見えるようになります。それは自信を持って言えます。

 仕事以外にも、趣味なども集中した方がいいと思います。技工ばかりやっていると閉じこもりがちになります。 趣味に集中する、仕事の時は仕事に集中する、区別をつけてやった方が楽しいと思います。 仕事はバカンスを作るためという言葉もあります。バカンスを作るためと思えば仕事の苦労を乗り越えられます。

最後に

 自制心、持続心、探究心、対応能力、この4つは磨いて身に付けてください。 これが私の経験からのアドバイスです。 学生だと社会の厳しさはまだ分からないと思いますが、 今これを覚えておいて、これから壁にぶつかったときに思い出して、仕事を続けてほしいと思います。
 歯科技工は頑張れば頑張った分だけ、やりがいはあると思います。皆さんの将来のご多幸を祈っています。頑張ってください。

(2017年7月 歯科技工科保護者会・講演会)